自己否定をしてしまう人へ~自分で自分にいいね!をしてあげよう~

メンタル
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人は生物(ナマモノ)である

人は生物なので、体調がいい時も悪い時もある。また、精神的にも元気な時も悲観的な時もある。しかし、自己肯定感が低い人は常に自分が自分を否定し、他人は何とも思っていないのに、他人からも否定されている感覚に陥るのである。

自分の幸せを一番に考えてはいけないのか

「幸せになんかなっちゃいけないんです、私」

このセリフは映画化もされた、中島みゆきの「2ぶんの2」という作品で主人公の莉花が発したセリフである。主人公莉花は幸せになろうとすると、自分からその幸せを壊し、遠ざけてしまうという、多重人格(今の診断基準では解離性同一症)の持ち主である。主人公は劇中で「竹の歌」を歌う。

「遥かな山から吹きつける風にひれ伏しながら決して折れはせず」

幸せになろうとする自分を徹底的に否定する莉花は竹になりたいとこの歌を歌う。莉花が本当になりたいものは竹なのだろうか。

 

日本国憲法第13条には「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」とあり、国民の権利として、自分の幸せを追求する権利があるといわれる。アメリカ独立宣言にも同様の事が謳われており自然権、すなわち人が生まれながらに持つ権利として幸せになる事は認められている。

また、資本主義社会でも、自己の幸福追求は肯定的にとらえられている。アダム=スミスは国富論のなかで個人が自分の利益のために行動すれば「見えざる手」に導かれるように全体の経済成長を促進され、全体の利益になると説いている。法的、社会的には自分の幸せを追求して良いのだ。

 

子供時代の屋台での思い出

おそらく小学1年生くらいであったと思うが、父親にプールに連れて行ってもらった時の事だ。プールに入るとお腹がとても空く。プールから出るとそこには焼きそばやフランクフルトの屋台が出ていた。父親が何か食べていくかと聞かれアメリカンドッグを食べる事になった。アメリカンドッグは小と大がありおそらく小200円、大300円と100円程度の差であったと思う。

僕はお腹が空いていたので「ボクは大にする!」と父親に言った。すると、父親は不機嫌になり、「小でいいだろう」「どうせ食べられないよ」「家にご飯あるから」といい、結局小を買ってもらったのだった。

いいね!と言ってもらう事の重要性

父親から否定的な事を言われ、この時の自分が何を感じたのかは正直覚えていない。しかし、何となく恥ずかしいという感情があったように思う。自分の希望を素直に伝えることは恥ずかしい。大きい方を食べたいといった自分は欲張りだなど感じたと思う。さらに、お金を払ってくれる親の事を考えずによくもそんなことを言えるな。などという感情が生まれた気がする。

 

子供にとって大切なのは肯定だと考える。自分が「こうしたい」という希望は他人からどう思われても自分が感じた尊い感情である。それを否定されてしまうと、自分の希望を伝えることは、悪い事、自分が「欲しい」と思うことは卑しい事という否定的な感情を抱く原因になると思う。自分を好きになれなくなるのだ。

父親が何を思って「小でいいんだ」といったのかは不明だが、もしかしたら、実際に家で母が昼食を作って待っている事を考えての事、又は経済的に余裕がなかったのかもしれない。

いずれにせよ、「いいぞ、いっぱい食べて大きくなれ!」「どうせなら大きい方を頼め。多かったら俺が食べてやるから」と子供の希望を尊重して聴いてあげていたら、これで良かったんだと肯定され、安心できたかもしれない。

大人が自分でできる自己肯定感の高め方

子供時代に様々な理由で自己肯定をされない環境が側にあった場合、常に自分を好きになれず、否定する癖がついてしまっているかもしれない。本当は、人一倍我慢強く、他人にも優しいあなたなのに、「自分はいつもだめだ」「自分はいつもクヨクヨ考えてしまう」と否定的にすべてをとらえてしまう。

大人になった今からできる事は、自分があの時、父親にかけられたかった言葉を自分にかけてあげよう。決めた内容ではなく、自分で決めたという事、自分がこう感じたという事に対していいね!をつけてあげよう。その感情や決めた事に対して、「これで良かったのかなー」「こんな事を感じるのは自分だけなのでは」と自己否定に陥るのが常だとしたら、自分で感じた事、決めた事を尊重して「いいね!」をしてあげる事で少しずつ自分が嫌いでなくなり、肯定できるようになるのではないかと思う。

 

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