演劇は心を映すミラーである~聞き間違えは失策行為か~

メンタル
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演劇は心を映す鏡

演劇の魅力は、見た時の自分の心を映して様々な事を感じ考える事ができる事だと思う。
読書の場合は僕の場合はどうしても活字に引っ張られてしまい、言語の世界で色々考えてしまう傾向がある。その点演劇は、言語化されない感情を自由に反芻できるのが好きな理由なのかもしれない。

バーヲーにノックアウトされた話

中島みゆきの夜会「問う女」のラスト曲で彼女は力を込めて「ばーをー」と絶叫する。そして、

マイクを置いて舞台を後にする。僕はそのシーンを始めてみた時に何故か涙があふれた。

彼女の曲を聴いて涙があふれる事は時々あるが、多くが歌詞の内容に共感したり感動したりして涙を流す事が多い気がする。しかし、このラストは「言葉を~」と歌っているのだが、その内容自体に自分が感動したのか、音に感動したのか、声に感動したのかわからない。しかし、あのシーンは筆舌に尽くしがたい心を揺さぶる何かがあった。

ミラーの絶叫に痺れる心

中島みゆきの夜会今晩屋のクライマックスで歌われる曲、天鏡で最後に高らかに歌い上げて終わる。最後の叫びは、会場で見た時は、最初「ミラー!」と叫んでいる様に聞こえたのだが、後に「涙だー」と歌っていると知った。
ライブでは何を歌っているのかよく聞き取れない事がある。それも含めてライブであるので、その時感じる事を大事にしている。

聞き間違えと言い間違え

フロイトは無意識が現れる瞬間として、言い間違えと夢をあげている。言い間違えは失策行為と言われ無意識がひょんと顔を出すという説がある。

聞き間違えもそういった要素があるのだろうか。自分のその日のコンディションや心理状態を投影する可能性はある。そういった意味で、聞き取れない可能性がある演劇などの舞台の方がより解釈の自由度が広く、無意識が投影されやすいのかもしれない。

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