ギャンブル依存症になりかけて、足を洗う事が出来た話。嗜癖障害、ギャンブル障害の恐怖。

雑記
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ギャンブルは音も立てずに心のスキマに忍び寄る

人は弱い生き物なので何かに縋らなければ生きていけないのかもしれない。

それは人によっては仕事や研究に没頭する人もあり社会的に健全で有益な成果を残す事もある。

個人としてはスポーツや趣味に力を注ぎ、充実した人生を送る人もいる。

しかしベクトルがギャンブルや飲酒等の嗜癖へ向かうと、度を超えると本人や周囲の人の

健康を害する結果となる。

 

ギャンブル障害の診断基準

興奮を得るため掛け金の額を増やしギャンブルをする欲求
ギャンブルを中止すると落ち着かずイライラする
ギャンブルをするのを制限する、減らす、中止するなどの努力をしたが繰り返し成功しなかったことがある。
しばしばギャンブルに心を奪われている
苦痛の気分(無気力、不安、抑うつ)などの時にギャンブルをすることが多い
ギャンブルで金をすった後、別の日にそれを取り戻して帰ってくる事が多い
ギャンブルへののめり込みを隠すため嘘をつく
ギャンブルのため、重要な人間関係、仕事、教育などの機会を危険にさらし、または失ったことがある。
ギャンブルにより引き起こされた絶望的な経済状態を逃れるために他人に金を出してくれるように頼む

 

上記のうち、4つ以上が当てはまり、かつ「躁病エピソードでは説明されない」を満たせばギャンブル障害と診断されます。

 

ギャンブル依存症に足を踏み入れそうになった話

 

父親は今思うとギャンブル依存症であったのだと思う。子供の頃から幾度となくお金を貸すように言われ貸してきた話を以前ブログに書いた。

都合(たやす)く消え去りはしない、こども銀行の思い出
子供時代に父親に虫取りやキャッチボールに連れて行ってもらった覚えはない。友達の父親は休みの日は子供を遊びに連れていき、楽しそうだった。テレビドラマの中の父親も自分の中の理想として刻まれていた。 こども銀行こども店長 うちにはこども銀行が...

そして、ひょんなことから父親にパチンコ屋に連れていてもらったのである。

子供時代に理想としていた、虫取りやキャッチボールを教えて遊んでくれる父親がそこにいたのだ。しかし父親を狂わせたギャンブルというものは自分にまで毒牙にかけようとしていた。

ビギナーズラック

父親に連れて行ってもらった時、教えてもらいながら隣同士でスロットをやっていたのだが
全く当たらない自分に父親は途中で席を変わるようにいってきたのだった。父親の席に変わると、それまで全く当たらずただ吸い込まれていくだけだったコインが、威勢の良い音と共にしたから吐き出されるようになった。そして、数千円が2万円程に化けてしまったのだ。
とても簡単にお金が増えてしまい、嬉しい気持ちが一瞬生まれたが、こんな事もあるのかと思った。
次の週末、もう一度試してみたくなり、気が付くと実家を目指していた。実家までは車で2時間くらいの距離である。僕はたばこが苦手なので、実家の側の全面禁煙のそのパチンコ店に向かうために、実家を目指した。
そして、実家に寄らずにパチンコ店に行った。前回父に教えられた事を思い出しながらやってみると、数千円はすぐに吸い込まれたが、またフィーバーしてしまったのである。「やった!」「ちょろいもんだな」という高揚した気持ちに満たされた。そして、また2万円程を得たのである。
実家に帰りこのことを父に話すと、「すごいな」と嬉しそうに話していた。

1度だけのつもりが底なし沼へ

次の週末も通ってしまった。しかし、今度は全然当たらない。お金はどんどん吸い込まれる。次こそはという気持ちがあるので、途中でやめられない。結局1万5千円程使ってしまう。もうこれきりにしようと思うが、それは一時の事で、また次の時に足が向いてしまう。
ある時は、3千円だけやって、だめだったらそれでやめようと誓い、残りのお金を車に置き、3千円だけもって臨んだ。案の定3千円は一瞬で消えてしまったが、やっぱりあともう少しやれば、フィーバーするかもという気持ちに自分がまけてしまい、車に戻ってさらに5千円を持ってきて、それも使い切ってしまう。
「もうちょっとやれば」という考えに打ち勝つのはとても大変だったが、そこでやめた。苦しかった。

やめたいと思ってもやめられない恐怖

その後も、行きたい気持ちが抑えられなくなる事があった。旅行に行ってもパチンコ店の前を通りかかると入りたくなる。旅行に来たのにという気持ちと、ちょっとだけならという気持ちがせめぎあい、結局数時間費やしてしまう事もあった。
「深夜特急」の中でも主人公の沢木耕太郎が香港のカジノにはまる。負けてが続いてもやめられず、両替場に何度も足を運び、せっかく貯めた旅の資金のかなりを浪費してしまったことを知り愕然とする。最後に彼は奇跡的に勝ち、負けた分を一気に取り戻すのだが、彼の強迫的な賭博欲求から解放される時、「一夜にして天国と地獄を経験しもういいかと思った」という様な事を述べている。
僕はトータルではパチンコ店に行ったのは10回程度、期間としても2か月くらいの間の出来事である。あれほど嫌悪していたギャンブルに、簡単にはまり、底なし沼の様な感覚を味わった。自分は依存症である父と同様、容易に依存症になる体質なのだと悟り、一切絶つ事を決意した。

 

中途半端ではやめられない

 

自分は意思が弱く、おそらく中途半端ではやめられないだろうと思った。

まだ初めて2か月程度で、回数もまだ10回程度だったので今ならまだ間に合うと思い

それ以降一切行かないようにした。これだけの回数や期間でも脳は確実に蝕まれており

行かないと決めてもどれだけあと一度だけという誘惑に負けそうになったことか。

また、実家の近くのその店は物理的に離れていたため、近づかなければよかったが旅先などで

ふと近くを通ってしまうと無性に入りたくなるのである。なので、なるべく見ない様、聞こえない様、回避しながら街を歩いた。

数か月は脳が反応していたが、数年たった今はもう行こうとは思わない。近くを通りかかっても大丈夫である。まだ傷が浅かった事が幸いしたのだと思ったが、嗜癖の恐怖を身をもって味わったのだった。

 

 

 

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