初めてのライブ参戦、XXIc. 1st. 中島みゆき in KEIO 学園祭前夜祭 コンサート前日にドタキャンされた話。

雑記
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ドタキャンの心理

ドタキャンとは土壇場でキャンセルする事である。ドタキャンは多くの場合、キャンセルとなり被害を被る人がいる場合に使用する事が多いと感じる。例えば、自分で沖縄行きの航空券を購入し旅行を計画してあったとして、それを直前で中止にした場合「ドタキャンした」とは表現しないような気がする。約束を交わした人達のどちらかが、直前でキャンセルした場合、キャンセルを受けた方が、「ドタキャンされた!」という文脈で使用する事が多いのではないかと思う。

 

ドタキャンで思い出す、初めてのコンサート

僕は小学生の頃から中島みゆきの曲を聴いていた。受験のスランプや悩みにぶち当たった時、彼女の歌に何度救われたであろうか。

2020年1月12日から中島みゆきラストツアー「結果オーライ」が開催されているが

自分が初めて動く中島みゆきを見たのは2001年「XXⅠC.1st コンサートツアー」である。

まだ学生であった自分は、コンサートへ行く勇気も、チケットを取る術も持ってなかったが

この時、ちょうど慶応大学の学園祭前夜祭の公演があり、そのチケットの発売は、キャンパス内で

行われるという情報を得て、チケットを購入できるかわからないけど行ってみようと思ったのである。もうかなり前の事なので詳細には覚えてないが、自分でチケットを取るというのも初めてであり、どんな行列ができているのかと不安を胸に、慶応大学の日吉キャンパスに行ったのだった。到着しても、行列らしきものはなく、しばらく彷徨っていた。しかし一向に販売場所が分からず

学生に聞いてみたが、あまり要領を得なかった。

そのうち文化祭の実行委員の人が販売場所を教えてくれたが、行列などはなく、簡単に買えてしまった。自分にとっては長年憧れだったアーチストに会えると最高の気分であった。

数日後、当時気になっていた女性に声をかけ、一緒に行く約束を交わした。彼女は中島みゆきの事は代表曲くらいしか知らなかったが、チケットが手に入った事を伝えると行ってみたいと述べていた。

まさかの前日ドタキャンをされる

僕はその一緒に行く女性とは同じ大学ではあったものの、まだお互いの事をよく知るほど

仲良くはなっていなかった。1~2回一緒に食事をしたくらいの間柄だったかもしれない。

そして前日、まさかのドタキャンをされてしまうのだった。

コンサートの前にどこかでお茶をしようかとか、終わった後は食事が何がいいかなど

考えを巡らせている時だったので、ショックは非常に大きかった。

その後はせっかくのチケットが無駄になってしまうという理由と1人で行く勇気はなかったので

従兄弟に声をかけ一緒に行ってもらう事にして事なきを得たのである。

 

変わらない事への期待の根拠はなんなのだろう

急に体調が悪くなったのか、それとも最初から気が進まなかったけど言い出しにくかったのか

当時は、急に突き付けられたドタキャンに、心の中では動揺、狼狽していた。

でも、その背景には、約束が守られない事などないという、人に対する根拠もない期待があったのかもしれない。よくよく考えてみれば、自分の事だってよくわからないのだから、他人の事なんか尚更わからないものである。自分は何を期待していたのだろう。何を根拠に信じていたのだろう。

放生と空任せ

夜会リトルトーキョーの中のクライマックスで中島みゆきは「放生」を歌う。

その時僕が感じたのは、「これは生前葬なのではないか」「私がいなくても十分やっていけるよ」と言われているのではないかと感じたのであった。

一方「齢寿天任せ」を初めて聴いた時、なぜか突き放された様に感じた。

「結局はすべて天任せ、これからは何があっても驚かないでね」と言われているようであった。

 

 

 

 

 

 

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