旅を求める理由~色彩をもたない多崎つくると巡礼の年を読んで~

雑記
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燃え尽きた心に疲れないもの

僕は少し前、精神的に燃え尽きてしまい仕事を休職したことがあった。最初は何をするのもおっくうで、ベッドから出るのも一苦労。外に出ることも出来ず生きた心地がしなかった。

休職をしたおかげで徐々に回復してきたのだが、しばらくは僕の大好きなアーティストの音楽が聴けなかったのだ。聴けないというか聴きたくなかった。抑うつ状態の時は感覚が過敏になっていて、音や光が煩わしくなり静かな暗いところを好んだりするものだ。しかし、その理由というよりは、そのアーティストの歌詞は比較的難解で普段は聴きながら解釈を考えるのが楽しいのだが、心が疲れている時は、聴くと疲れると思い聴きたくなかったように思える。何か音が欲しい時はAFM(米軍ラジオ放送)をつけて聴いていた。英語なので何を言っているかもほとんどわからないし、ただぼーっと聞くことで色々考えずに済んだ様にも思える。

 

適応障害についてやさしく解説します
適応障害とは 適応障害は心的外傷およびストレス因関連障害群に分類され、学生から社会人、中年と幅広い年齢層でかかる事のある精神疾患です。症状はうつ病とよく似ていますが、うつ病は原因が全くなくても起こる事がありますが、適応障害はストレス要因が...

あなたの言葉がわからない

この曲は中島みゆきのアルバム日wingsに収録されている曲であるが、正直あまり興味がない曲だったので、このアルバムを聴くときはたいてい飛ばしていた曲だった。

ところが、夜会工場2という舞台を見に行った時、この曲のシーンで大泣きしてしまったのだ。

夜会工場とは彼女のライフワーク「夜会」のダイジェストコンサートの事である。

この曲は日本人とタイ人の言葉が伝わらない情景を歌ったものである。夜会工場は夜会のダイジェストだったので、何の脈絡も無くこの曲が始まったのでストーリーの中に感情移入して泣いてしいまったのではないと思うんだけど、普段は興味があまりなく飛ばしていた曲に、心を持ってかれるという、夜会工場おそるべしと感じたのだった。

断線 ~親愛なるものへ~
ピアノは生まれた時から家にあったから僕にとっては自然な存在だった。 小さい頃からおもちゃ代わりに弾いていたし、小学校の時数年間レッスンに通っていた時は練習が嫌で逆にあまり弾かなくなった事もあるけど、教室を辞めたあとは自分で好きに弾いて楽し...

かもめ食堂の心地よさ

この映画を初めて見たのがいつだったか、どこでだったかは忘れてしまった。

でもおそらく映画館に出向いて見た覚えはない。また、DVDを借りて見るといった

習慣も無かったから、おそらく旅行に行く時の飛行機の中で見たのだろうと思う。

なので、この映画について詳細に覚えているわけではないのだが、見たときに

なぜか懐かしさを感じたのと、見ていて疲れないというのを感じた。

ぼーっとみていられて、心地よさを感じたのだろう。

映画には、感動を誘うように作られているものもあるが、あんまり刺激が強いと

精神的に疲れているときには疲れてしまう。かもめ食堂はちょっと心が疲れている時にも

ぼーっと見れる映画だと感じた。

 

India Gooseを追いかけた旅 ~知覧特攻平和会館~
2014年、中島みゆきの舞台、夜会「橋の下のアルカディア」が上演されたが、それを見た後、僕は鹿児島に行こうと思い立った。 鹿児島にある知覧特攻平和会館に行くためだった。 英霊という言葉 館内に入ると、平和会館の趣旨説明が書...

フィンランドはどこですか

フィンランドは自分にとって北欧で税金が高いけど公共サービスが

充実していて、物価は高いけどお洒落でかわいい、そんな感じの国

というイメージはあったものの、実際どんな感じの国なのか知らなかったので

かもめ食堂でフィンランドの情景を垣間見て、ほんの少し、自分の中のイメージがもう少し具体的に

なったかもしれない。でもやっぱりわからない、いつかは行ってみたい国です。

 

ブダペストの食堂で~フェレンツィの家を訪れる事になった話~
SZIMPATIKUS(シンパティクシュ)はハンガリー語で 初めて会った人の事を直感的に良い人と感じた時、その人の事を表す言葉だそうだ。 レストランでそのウェイターに会った時、その人はシンパティクシュではなかった。 夜景に心を奪わ...

理不尽な体験の先に

主人公、多崎つくるは、ある時、それまで親密に交際していた友達から拒否される。理由は分からないまま、つくるは一人疎外され、生きる気力を無くし、虚無の毎日を過ごしていた。

彼は何も悪い事をしていない、それなのに、つい少し前まで親友のような仲間たちから絶交を言い渡されるのだ。そして理由は説明してもらえない。彼は何を感じたのだろうか。感じる事が辛すぎて感情のフィルターをオフにしてしまったかもしれない。

理不尽で、自分ではどうしようもない体験に偶然巻き込まれ、苛まれる事がある。

つくるの様に、その後の生活に色彩を失ってしまったとしたらどうしたらよいのだろうか。

その答えは自分にはまだ見つかっていないけど、旅が何かを教えてくれる気がする。

フィンランドという響きから想像された脳内のイメージがいかに陳腐でありふれたものだったかを実際に行ってみて感じる。

自分が感じていたイメージは、自分が作り出したもので、実際にその場に行き感じたものは、実際にフィンランドを見た後の自分が作り出したイメージであり、幾分か視野が広くなっているのではないだろうか。旅というのは実際の旅はもちろんだけど、読書なども旅の一つだといえると思う。

読書によって、先人や著者の体験を疑似体験できるし、映画を見ることででも旅はできる。

読書をした後、映画を見た後の自分が前の自分と少しだけ違っているかもしれない。

そんなこんなで、傷ついた人は旅という巡礼をして、自分の傷を癒し、いつか彩を取り戻していくのかなぁと思う。

水に依存して生きる人間が水を操る事なんて出来ない
water が水だと知った時、彼女は何を思っただろう 水の不思議 水はそこら中にあるので、普段は空気の様な存在だけど、水はすごい。 乾燥した大地へ潤いを与え、多くの物質を溶媒として溶かしてしまう。 太古の昔に名前なんてなかった時代に...

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