人が海や水族館に行きたくなる理由。言葉の意味に傷ついたら、言葉の音に耳を澄まそう。

雑記
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別れ際の「お元気で」の意味

自分で「お元気で」という言葉はめったに使わないが、職場の異動の時期や担当を外れる時などは「どうかお元気で」と述べる事がある。
「またね」とか「じゃぁね」という程の中ではない、仕事上の関係などや目上の人には使用する事ができるありふれた表現である。
最近、ふとこの言葉を自分が言われる事があった。その時、一瞬急に寂しい気持ちになった。お互いに違う土地でも頑張りましょうという前向きなメッセージであるのに、「もうお会いする事はないかもしれないけど」という意味が含まれているような気がして何とも言えない感情が出てきた。

 

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「再見」

中国語で別れる時に言う挨拶である。読み方は(zai jian)「じゃあね、またね」といったニュアンスであろうか。また会おうねという意味が込められていてほっとする。また母国語でないので、音と意味のつながりが弱く、新鮮でもある。
「謝謝」(xie xie)もありがとうの意味だが、中国語はフレーズが短く意味を伝えられるのがいい。これも、表意文字の漢字文化のおかげだろうか。表意文字だから、音は短くても多彩な意味が伝わるのかもしれない。

 

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演劇は心を映す鏡 演劇の魅力は、見た時の自分の心を映して様々な事を感じ考える事ができる事だと思う。 読書の場合は僕の場合はどうしても活字に引っ張られてしまい、言語の世界で色々考えてしまう傾向がある。その点演劇は、言語化されない感情を自由...

無意識的に音と意味は関連しているのか

「昔から雨が降っている」という曲がある。この曲は、昔自分は一本の木、あるいは一匹の魚や虫だったかもしれない。恐竜と一緒にその時に降る雨を眺めていたかもしれないという事を歌った歌である。この中の一節で「昔僕はこの海のほとりの一匹の魚だったかもしれない」というフレーズがある。この曲の中で中島みゆきは魚を「うお」と歌う。
なぜ「さかな」ではなく「うお」なのかと違和感があった。譜割をする時に「うお」の方がしっくり収まったのかもしれないが、彼女の曲は長い歌詞も独特な譜割でメロディーの中に収めてしまう事が多いので、一文字違いの「さかな」であっても問題はないと思われた。しかし「うお」の方がしっくりくると判断したのだろう。そして、無意識的に中国語の私の意味である「我(wo)」に引っ張られたのではないかと思ったのだった。
単なる偶然なのか、それともこれを意図しているのかは不明だが、どこかで見聞きして、知らないうちに頭の片隅にあったことが、夢のなかでふと蘇ったり、強いストレスを受けた時に出てきたり、あるいは自分でも根拠が良くわからないが、妙にある事にこだわったりする。

 

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言葉の意味に疲れたら音に耳を澄まそう

おそらく、魚や虫や樹は、人が言葉を獲得する前から共に生きてきた生物である。言葉が出来て、初めてその生物に名前を付けたその時の古代人に、「どうしてその様に呼ぶことにしたんですか?」と聞いてみたい。初めて呼んだ時の発音を知りたい。

今用いられている単語の発音とは全く違うものかもしれないが、名残が残るものもあるだろう。

古代の人が、魚は自分の祖先だと思っていて、魚と私を同じ発音で呼んでいたとしたら・・・などと空想は膨らむ。

現代の言葉は意味が明確であるので、言葉に傷つく事も多い。そんな時はふと音に耳を澄ませると何か別の想像が心に浮かび上がってくるかもしれない。

ルールに縛られないと人は秩序を維持できないのか
公営プールはルールが厳しい 僕は泳ぐのが好きなのでよく公営プールを利用している。公営プールの魅力は料金の安さである。1回2時間200円~400円くらいの所が多い。しかし、難点はルールが多い事である。秩序を維持するためにルールは必要であるが...

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