医療者が患者さんに平等に接しなければいけないというのは本当か

雑記
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「公」「私」スペクトラム

普段私たちは朝起きて自分の家で1人又は家族と朝ごはんを食べ、支度をして何らかの方法で学校や職場に行く。
職場では仕事をする。上司に頼まれた事、自分の裁量がある程度認められているプロジェクト、後輩の指導など。昼休みにはランチを食べ午後も仕事をして、17時に退社する。
退社後は同僚と飲みに行き、22時ころ自宅へ戻る。どこからが仕事で、どこからがプライベートとわけられるだろうか。始業の9時~17時までは職場で仕事をする時間であり、就業規則に縛られている時間であるので「公」ランチタイムは微妙ではあるが、17時以降は自由な活動であるので、たとえ職場の同僚と飲みにいっても「私」となる。

お客さんとの接待は「公」か「私」か

仕事上のパートナーや、発注元と下請けなどの関係にあれば、どちらも「公」であるが、
かつて、製薬会社は医師をはじめとする医療関係者を多く接待していた。現在ではほぼ無くなっているが、以前は多く飲み会や食事会が開かれ、医療関係者が招待されていた時代があった。この場合は、製薬会社の担当者は「公」であるが、接待される医療関係者は「私」に近かったのではないだろうか。というのは、製薬会社と医師は直接のビジネス関係にはない。

教師と生徒の関係は「公」か「私」か

教師は勉強を教えるだけではなく、様々な日常生活指導、学校運営など様々な仕事があり、とても大変だと思う。教師は職業としての行いであるから「公」であり生徒はプライベートで学校に来ているのだから「私」である。
しかし、教師はただ、勉強を教えれば良いのではなく、全人的な教育をしているため、特に小中学校などでは生徒との距離は近い。
僕が小学校時代は教師の自宅に遊びに行ったり、年賀状や暑中見舞いの手紙を書いていた。担任の先生はおそらく、手紙をもらったら全員に返信をしていたのだろうから、大変だったと思う。現在は先生に年賀状を書いたりしなくなっているのだろうか。先生達も職務外であるが、優しさでサービスをしてくれていたのだと思う。

アイドルはファンに平等に接しなければならないか

アイドルなどは、ファンに平等にファンサービスをする。それはそのアイドルが仕事すなわち「公」として活動しているからである。一方、そのアイドルが「私」に戻れば、万人に平等に接する必要はない。気が合う人と付き合い、苦手な人とは距離を置けばよいのである。

 

医療者は患者さんに平等に接しなければならないか

医療者は病院の中では患者さんと接するが、病院外で患者さんとお茶をしたり遊びに行ったりすることはまずない。これも、医療者は「公」として仕事をし患者さんは「私」として医療を受けているためである。

医師は応召の義務があるので、正当な理由がない限りはどんな人にも診療を拒否する事はできない。もし医療が「私」の活動であれば、自分が好きな人だけ受け入れてもいいはずである。

医療側は好き嫌いなど感情はあるものの、「公」として仕事をしている以上は患者側に平等に接するべきである。

しかし、まれに、患者さんがお菓子を差し入れてくれることがある。ほとんどの病院で、患者さんからの金品の心づけは遠慮してもらう事になっているが、これは「私」である患者さんからの贈呈品をもらう事は、瞬間的に医療者も「私」となり、平等性に歪が生じるのではないかと思う。意識的には、差し入れをもらった患者さんももらっていない患者さんも区別はないと思うが、やはり少なからず歪は生じているのではないか。

チップ制度はあえて「公」と「私」に歪を作るシステムではないか

日本にはチップ制度はないが、外国ではチップ制度がある国がある。

そういう文化なのかと受け入れて支払っているが、これは「公」「私」に意図的に歪を入れる

画期的な方法なのかもしれないと考えた。

レストランのウェイター、ウェイトレスは「公」として仕事をしているので万人に平等に接する。

しかし、人間は慣れる生き物のため、同じサービスを行っても給与が変わらなければそのサービスの質は低下する。ここで、チップをもらえるかもしれないという期待があると、「私」の部分が顔を出し、普段よりも多くサービスをすればお客さんが喜んでもらいチップを多くもらえるかもしれないというインセンティブが生じる。

お客さんは「私」としてレストランに来ているが、一律の形式ばったサービスよりは、その人の「私」の部分での接客の方が温かみや心地よさを感じるのではないかと思う。

実際チップ制度のある海外のレストランに行ったときには、接客が非常にフレンドリーで丁寧だった記憶がある。

チップ制度は飲食店では経営側にも、従業員、客と皆に利益を生み出す可能性があるが

医療現場では、チップいわゆる心遣いからくる歪はやはり好ましくないと思う。

それは、保険診療が国民皆保険をベースに行われている公共サービスの一種とも考えられ

応召の義務があると同時に、平等性を保たなければならないからである。

 

 

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