ルールに縛られないと人は秩序を維持できないのか

雑記
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公営プールはルールが厳しい

僕は泳ぐのが好きなのでよく公営プールを利用している。公営プールの魅力は料金の安さである。1回2時間200円~400円くらいの所が多い。しかし、難点はルールが多い事である。秩序を維持するためにルールは必要であるが闇雲に禁止にするのもどうかと思う。

タトゥーは隠さなければならない

今時タトゥーは珍しくもない。しかし、プールや公衆浴場ではタトゥーがあると入れない所が多い。僕の行っているプールはタトゥーは見えないように隠せば入れるという。しかし、隠さない場合は退場を命じられるらしい。
人を見ためで判断していいのか
人は見た目は多様である。肌や髪、目の色、言語や文化など多様性を認め合う時代になってきているものと思っていた。タトゥーは反社会勢力の印だからだめなのだろうか?一般の人もお洒落でタトゥーを入れたりする。外国の人ではタトゥーを入れる文化もあるかもしれない。反社会勢力に過去は所属していたけど今は足を洗っているかもしれない。どうして、一律にタトゥーがあったら隠さないといけないのか理解できない。

石鹸シャンプーを使用してはいけない

これも多くの公営プールでルールとして決まっている。理由は「カビの原因になる」「床が滑りやすくなり危ない」からだそうだ。確かに、石鹸シャンプーを使用できるようになると、お風呂代わりにプールの更衣室のシャワーを使う人が増え、水道代がかさむためといった理由なら、まあわからなくもない。
しかしながら、感染症予防には、石鹸で手洗いを励行しているのに、不特定多数の人が入るプールの後に石鹸で清められない理由が分からない。確かに塩素消毒で細菌は0に近くなっているが、プール熱といった病気もあるようにウイルスなど完全に死滅しないものもある。また、皮膚に付着した塩素も流水で流すだけでは完全にはとれず、石鹸で洗い落す事が大切である。

アップルウォッチを付けてはいけない

僕はアップルウォッチを最近購入し、それを付けて泳ぐのが楽しかった。自分の泳いだ距離やスクロール数と脈拍が記録されるのがとても楽しく感動していた。アップルウォッチの上からリストバンドをつけ、外からは見えないようにして泳いでいた。しばらくは何も言われなかったが、時計は規則でだめと指摘を受けたのだ。確かに、プールで電子機器は漏電や感電の恐れがあるとすると持ち込まない方が良く、これはだめ、あれはだめというときりがないので、電子機器は不可となっているのかもしれない。しかし、アップルウォッチは水泳時に装着できるように作られているのである。スポーツ施設であれば、認めてほしいと思うのだが、公営では難しいのだろうか。

親からのしつけ

ところで、子供の頃はとにかく親から躾けという名の禁止を与えられる。合理的理由なんてない事もあり、ダメなものはダメと言われる。親からのしつけには、他人に迷惑をかけてはいけない、年長者を敬えなど、道徳や態度の様なものも含まれる。人の物を盗ってはいけないというルールは分かるが、テレビを見ながらご飯を食べてはいけないというルールは根拠に乏しい。子供の頃は家庭のルールを守らない自由はないが、大人になっても自分がおかしいと思うルールは守らなければならないのだろうか。

子供の頃、禁止に抗議する方法は泣きわめく事だろう。大人になると、ルールへの抵抗は、言語的に抗議するか、そのルールの場から踵を返し、退場する事であろうか。

ルールがあってもなくても地球は回る

イスラム教の国では女性は運転をしてはいけないとか、外では顔を布で隠さなければいけないなどのルールがある国がある。酒は飲んではだめとか、ラマダンの月は食事をしてはいけないとか、宗教や伝統に基づいたルールは多く、細かい。それを信仰して自ら好んでそのルールに縛られているならよいが、国がそのような態度や道徳といったルールを作って国民を縛るのはどうも息苦しい。日本でも、国歌斉唱時には起立するとか、家族は敬わなければならないとか、そんな道徳教育がなされている。僕は日本が好きだが、法律によって、「日本人は我が国を愛さなければいけない」のように決められるのが嫌だ。愛するか愛さないかなんて自由ではないか。また、なんとも思ってなくてもよいではないか。色んな人、色んな考えの人がいる現代、ルールで縛らないとまとまらなくて国は困るのでしょうか。思想や態度に対するルールは、息がつまります。

 

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