水に依存して生きる人間が水を操る事なんて出来ない

雑記

water が水だと知った時、彼女は何を思っただろう

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水の不思議

水はそこら中にあるので、普段は空気の様な存在だけど、水はすごい。
乾燥した大地へ潤いを与え、多くの物質を溶媒として溶かしてしまう。
太古の昔に名前なんてなかった時代に、水はどのように思われていただろうか。
その時の有難みと、水がH2Oであると分かってからの有難みは異なるのだろうか。

心が水と同じだった頃

心は形がなく、実体もない。心に名前がなかったら、人間は思い悩まなかったかもしれない。心に名前をつけ、心に正常と異常の色をつけ、心の中をあたかも分かったかのように、心に様々な名前が付けられた。そして、心の専門家までが作られた。

水中毒

水は人にとって最重要な物質である。食事を取らずとも水さえあれば数週間は生きられるとも言われる。しかし、水がなければ生きられない。
しかし、水を沢山飲みすぎると、それはそれで害となる。
一般的に成人の一日の必要水分量は1~2Lと言われる。体重によっても許容される水分量は異なるが3L~4Lくらい飲んでも、尿の量が増えるくらいである。しかし、それ以上飲むと、血液が薄まってしまい、様々な症状が出現する。

人間の無限の認識欲求

水メジャーに日本の水道が売られるという話がある。いわゆる民営化だが、蛇口をひねればどこでも飲める水がでる日本の水道は世界的にも珍しいと言われる。

水メジャーに売られた後の水道はどうなるのだろうか。冷たい水、綺麗な水、珍しい水と区別され付加価値をつけられ売られ、水道水はそのまま飲むなんてカッコ悪い、体に悪いという流布が社会に漂うのだろうか。

形のないものを形にして、種類のないものを区別して、それは誰のためなんだろう。

水に名前を与えた事による代償

言葉も人を癒す事もあれば、ナイフとなってとどめを刺してしまう事もある。
水に善悪がないように、言葉にも善悪はない。人間はその好奇心と本能から

名前を付けすぎてしまったのかもしれない。進化と成長により獲得してきたものの

代償として、「心」を知る事になってしまったのだから。

 

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