実験室が悪臭炸裂! フルーティーな化学実験の思い出

勉強
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受験戦争ってなに?な子供時代

僕が子供の頃は地域の公立学校へ行くのが当たり前の時代だった。中学受験をする人はクラスに1~2人程で、塾に通ってる人も多くはなかったように思える。実家も勉強勉強とは全く言わない親だったので、授業はよく聞いていたが家で勉強した覚えはあまりない。
地域の公立中学に進んだがそこでも生活は同じだった。ほとんど勉強をしなくても成績は上位だった。そのため、地域で上位の公立の進学校へ苦労せず進学したのである。

下町の上から山の手の下へ

僕の行った公立の高校は校則も緩く勉強しなさいとも言われない大学の様な雰囲気だった。自分は授業を聞いてその場で理解し自宅で勉強する習慣がついていなかったので同じ様な生活をしていたら、すぐに授業についていけなくなったのだ。そして自宅での勉強習慣がなかったため、テストの点数は数学30点とか、地学10点とか惨憺たるものだった。
周りは授業は同じく寝ていたり他の事をしている人もいたが、さすが地域のトップの学生が集まっていたため、テストの点数は皆よく、挫折を味わったものである。

高校1年生の終わりになり理系か文系を決める時期になった。自分は数学や理科が苦手だったので理系は無理と思い、何となく文系コースに進んだのである。
高校2年生での文系と理系の違いは文系コースは物理をやらない。理系コースは日本史をやらないだった。また、理系コースは数学の時間が多く、文系コースは古文漢文の時間が多かった。

化学の授業は実験、実験、また実験

高校の化学の授業はハードだった。試験も難しかったし、実験をこれでもかというくらいやり、終了後にはレポートを提出するというものだった。しかし、自分は実験がとても面白く感じ、化学がとても好きになった。
大学で友達に聞くと、高校では実験なんてほとんどやってないという生徒が多く驚いた。彼らは私立高校の生徒が多かったが、化学の計算や問題の解き方の演習が主だったという。受験のためにはそちらの方が効率が良いかもしれないが、やはり実験をすることで自然に身につくことができる。僕も座学だけであれば化学が好きにならなかったと思う。

異臭が漂う最も印象的な実験

その実験は事前にいらない服で来てくださいと先生からアナウンスされていた。
実験が開始され、その化合物が合成されると、周りに漂う異臭。よく言えば銀杏が落ちた銀杏並木のにおい、悪く言えば人間の嘔吐物のにおいだ。
そのにおいの成分は酪酸である。酪は「酪農」の酪である。バターの中から見つかったからこの字が使われているようであるが、酪酸は酢酸と構造こそ近いものの、そのにおいは非常に強烈である。
実験の時は白衣を着ていたが、白衣はおろか、全身にそのにおいは付きしばらくは消えなかった。
しかし、更に実験は続く。すると、なんということでしょう。悪臭がフルーツの香りに変わったのである。この実験の目的は酪酸をエチル化という作業をすることで酪酸エチルを作ることであった。酪酸エチルはなんと、バナナやパイナップルなどのフルーツの多くに含まれる香りである。酪酸の強烈なにおいにも鼻が慣れてしまっていたので、酪酸エチルの香りには感動したものだった。この学校では、多くの実験をした。教科書からでは決して学べない多くの事を全身で学んだ気がする。この様に多くの実験をさせてくれた母校と化学の先生には本当に感謝している。

チャート式は我がメシア 数学への目覚め

その後化学が面白かったのでやはり理系に進もうと考えた。理系ならば数学が苦手ではだめなので何とかしないといけないと思った。
そこで自分が取り組んだのがチャート式の参考書だった。チャート式は赤青黄白と色別にレベルが分かれていたが、僕は数学30点くらいしか取れなかったのに、何を思ったか、最も難しい赤チャートを購入し最初から読み進め始めたのである。
もちろん最初はよくわからなかったが、1ページずつ読み進め問題を解いていくと確実に展望が開けてくるのが分かった。ちんぷんかんぷんだった学校の授業もチャート式のおかげで問題なく理解できるようになったのである。

ここで考えたのは、やはり勉強の絶対量が足りなかったし、小中学校と家での自習の習慣がなかったため集中力を持続するのが大変だったが、逃げずにやればできるという事を実感した。

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